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旅人HPリニューアル&NEWアルバム『拝啓、日常』予約開始! |
どうも、ご無沙汰してました!
ついに、旅人のHPがリニューアルされました!
とてもカッコいいページになりました!是非チェックしてくださいね!
http://tabibito.coo.jp
それと同時に、
旅人NEWアルバム『拝啓、日常』のインターネット先行予約が開始しました!
よかったです~~!!!
いや、今回のアルバムは本当に素晴らしい作品に仕上がりました!
ぜひ皆さんにも聞いてもらいたいですね!
前作では、
ありのままの日常を歌った様々な曲がポップに響いていたわけですが、
今作は、
逆に、そうした日常を見直してみないか?という問いかけが入っているんです。
あんまり語り過ぎると、面白くないので(笑)
僕らのメッセージをどうぞこのアルバムから読み取ってみてくださいね!
曲的にも音的にも歌詩的にも色々な仕掛けがしてあります(笑)
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想いはメロディに乗せて |
久しぶりに人のライブに行きました!
僕は最近、自分のバンドのことで頭がいっぱいになっているため、
ほとんど人のライブに行くことをしていなかったのです。
忙しさに甘えて、交友関係をおろそかにしていたことを、
今反省しています。
これからも自分のことと交友関係を両立することは難しいかもしれないけど、
もっと両立していければと思った今日でした。
今日、思ったことを徒然に書きます。(歌詞形式ですかね/笑)
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久しぶりにあった君は、何故か別人のようで、
どこか遠い存在になってしまったようだ。
しかし、時を忘れて話しているうちに、
互いの時を取り戻すかのように、君の姿は当時と全く変わりない。
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初めて出会った時の感動は、薄れてしまった。
すっかり繋がりが風化していた中で、僕の想いも風化してしまった。
しかし、気づいたんだ。
君との出会いがなければ、今の僕はないのだと。
今の僕の新しい出会いがないのだと。
その出会いが、人生のモブシーンの中の小さな出会いだとしても、
それは僕にとっては必要な出会いだったんだ。
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思いを歌に乗せ、感情を体で表す。
結局、僕らは自分を通して一生表現していくんだ。
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様々な人を、様々な時間を、様々な景色を今思い出す。
きっと、愛すべき今があるからこそ、
過去もまた、愛することが出来るのだろう。
僕は過去すべてを愛する。
僕は何よりも今と君を愛する。
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P.S. 今作曲期間でもあります! どっかでこれらの言葉達も出演するかも(笑)
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頑固一徹!! |
まぁ、僕は頑固ですね(笑)
基本的に人の意見なども耳に入れて受け入れようというスタンスですが、
結構根の部分では譲りません。
なんというか、「納得」出来ないものには従いたくないんですよね。
従いたくないとは人のことではなく、考えとかってことですね。
いや、人もそうかも(笑)
でも結局、すべてにはきちんとそれに至る「理由」が存在するわけで、
納得出来ないことなんてないと思います。
だって、きちんと理にかなっていることならば否定しようがない。
と、そのスタンスを続けていると、また弊害が出たりするんですね。
「結局、どれも正しいじゃん!」
結局のところ、どれも正しい。
ルーツに遡れば、どれも悪いことなんてない。
判断に困るわけです。
心を広げることで選択肢を自分で広げ、
そうなることで、逆に判断出来なくなる。
それも怖いわけです。
だから、結局そういう時は、
「こういうものだ!!」
という自分の中の基準(暗示?)に従うわけです。
その基準は、全く合理的ではありません。
例えば、「命を支配してはいけない」もそうです。
僕は自殺はいけないことだと思っています。
これは、僕の中では正しいことだけど、そうじゃない人もいる。
いや、むしろ僕は昔、それは正しいとは限らないと思っていた。
でも、今は無条件に正しいことだと思う。
「いけない」というのが、僕の中の正答だと。
理由は、先の「命を支配してはいけない」から。
人にはそれを握る権利はないってのが、僕の立場。
生きているんじゃなく、「生かされている」んだから、
そんなことする権利は毛頭ないってことですね。
しかしながら、これも合理的に正しいかっていうと違う。
全然反対意見なんて出てくる。
そうなると、本当の答えなんてないわけですな。
だから、僕は「自分の納得出来ないものには従わない」んです。
まぁ、これを「頑固」ともいうわけですけど、
こういうのは大事かなって思いますね。
自分らしいしね!
まぁ、単純に頑固でありたいです、苔の生すまで(笑)
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一期一会 |
一期一会。
僕はこの言葉がとても好きなんですね。
小学校を卒業する時、担任の山際先生が黒板に書き残した言葉。
それがこの言葉でした。
この出会いは一度きりなんだという意味です。
だからこそ、一つ一つの出会いというものを大事にしなきゃいけない。
過去の記事でも書いたけど、人の一生には限りがあり、
それすなわち、出会いにも限りがある。
自分の目の前にある、この出会いというのは自分にとっても特別なものなんだ。
そう思って生きていくと、穏やかな気持ちになりますね。
自然と対立してきた欧米文化に対して、
自然と共存してきた日本文化。
そういう、「大きな力」に身を委ねて生きていく生き方。
それは自分の心を広げるきっかけになるかもしれません。
一つ一つ、目の前に現れる出会いを大事にして、
今日も自分のトランクを持って歩いていこうじゃありませんか!
P.S. 今日出会ったみんな、どうもありがとう! これからもよろしくね!
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理不尽と不平等 |
今日はちょっと思ったことがあったので、書きます。
タイトルは、今日ちょっとTVで見たキーワードです。
「理不尽」とか「不平等」って、現代にとても合わない言葉だと思います。
世の中ではむしろ「合理性」や「平等」という言葉の方が
多く受け入れられていると思います。
僕がタイトルの言葉から受け取るイメージは
「昭和の日本」ですかね。
昔は、学校でも先生が偉かったし、
体罰とかだって、平気で行われていた。
今だったら、大問題にもなりうることですよね。
しかしながら思うんですね。
そういった「ネガティブ」なことの中にも、
「ポジティブ」なことが隠されているのでは?と。
単純に、「昔あったもので今ないもの」を見出せば、
自ずとその答えは浮き彫りになってくるわけです。
例えば、地域性ってのがなくなりました。
昔はご近所付き合いとかもあったり、見知らぬ人とも挨拶を交わしたり、
といったことも当たり前のようにあった。
今では、そういったことも薄れてきていて残念に思うこともあります。
あとは、忍耐力でしょうか。
持続力や継続力というのは、日本がサムライ文化だった頃からの特徴でしたが、
今はそういったことよりも、合理性の方が勝っていて、
耐え忍び結果を結ぶよりも、
効率よく結果を得ることが美徳とされている風潮すら感じ取れます。
そういったことがらがなくなるっていうのは、
文化として進歩しているのか、退化しているのか。
これは誰にもわかりません。
しかしながら、少なくとも失っているものはあります。
こう書くと、「不平等」が正しいとか、
懐古主義に陥っているように見えますが、
別にそう偏っているわけではありませんけどね(笑)
ただ、そういうことを、真っ向から否定してしまうのはどうかとは思うわけです。
そういったこともあるんだ、そういう考えを完全否定はしない
ということが、大事なのかなと思ったりします。
ちょっと、いつもとは違った感じの内容になりましたね(笑)
でもこういうことも、感じたり思ったりしているわけなんですね、僕も(笑)
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秋の夕暮れ |
そう、秋の夕暮れ、まだしっかりと見てません。
なんか、いい響きじゃないですか?
「秋の夕暮れ」
四季って、やはり「色」がありますよね、その季節によって。
春は、明るい色。鮮やかではないけど、光に満ちた色。
夏は、抜けるような原色。海の青とか、山の緑とか。
秋は、褪せた色。茶色とか橙とか、少し大人な味わい深い色。
冬は、白とイルミ。雪の色だったり街には青いイルミネーションが灯る。
人によってイメージは違いますが、季節ごとに感じる色は違うはずです。
秋は、夕暮れの色がキレイだと思います。
空気も乾燥してきて、景色の輪郭が浮き出てくる。
枯れ枝も、落ち葉も、それぞれが繊細な線で縁どられている。
そんな中、一日の終わりを告げる夕暮れというのは、
とても美しく、涙腺が緩んでしまいます。
心に焼きついた色、秋の夕暮れ。
皆さんはどんな思いで見ているのでしょう?
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感情日記 |
ご無沙汰してます!
しばらく書いていませんでしたが、これからは少しずつ更新していきたいと思います!
『感情日記』
久しぶりに思い返してブログの昔の記事を読み返してみました。
すると、今の自分と全く違う自分と出会いました。
このブログは、「癒し」がテーマです。
それは、人に対しての癒しという意味もありますが、
そんな、僕は大それた人間ではありません。
むしろ、自分に対しての癒しという意味の方が強いかもしれません。
そうした意味では、このブログは僕にとっての『感情日記』なのかもしれません。
過去の記事を見ていると、
新たな自分に気づかされる瞬間があります。
もちろん、一度書いたことなので、全くの新しい発想を見出せると
いうわけではありませんが、「忘れていた何か」を再確認させてもらえます。
実はそれが新たな自分に繋がったりもするんです。
簡単に言い換えれば、リサイクルに近いかもしれません。
いらなくなった道具や、大切にしていたんだけどもう使わない道具。
そんなものでも、久しぶりに見てみると、
「これを使って、新しいものが出来ないか?」
とか、
「これを少しいじってみたら、面白いんじゃない?」
と、新しいものを作る意欲が出てくることがあります。
古着を見つければ、切ったり縫ったりして新しい斬新な服も出来ます。
古いものの中には新しいアイディアがたくさん詰まっています。
それを解釈するのは「今の自分」。
逆に言えば、今じゃなかったら使えなかったものたちを、
保管しておくことで、よみがえらせることが出来るわけです。
そういう意味では、このブログは僕にとっては宝物です。
感情日記。
みなさんもつけていますか?
どんなことでもいいんです。 昔の自分を保管してますか?
きっと、その中から新しい自分が生まれるかもしれません。
P.S. 長い間、更新してませんでしたが、これからはチョコチョコ更新しますので、どうぞよろしくお願いします!
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ヒト |
僕はヒトが好きです。
ヒトとヒトというのは、面白いです。
実際に目の前にいても、
その心というのは近くにあるとは言えない。
ヒトはヒトの心を読めません。
だから色々悩んだり、苦しんだり、
過ちを犯したり、傷つけたりします。
ヒトの心が読めたら、そんなこともなしに
スムーズに事が進むような気もします。
それでも、ヒトにはヒトの心は読めません。
でも、だからこそ、ヒトというのは面白いのです。
ヒトの心が読めないからこそ、
ヒトの心を知ろうと努力したり、喜ばせようとしたり、
確かめ合ったり、大事に思ったりするのです。
思い描くような未来にならなくても、
そこで得た『ココロ』はきっと、次の未来につながります。
常に『ココロ』を磨いていければいいなと思います。
どうですか? 皆さんは?
P.S. ちょっと徹夜して映画見ちゃいました(笑) たまには気分転換にいいですね!
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独り言のブログ |
独り言を書きます!
出会いって大事ですよね。
世界に人は50億近くいると聞きます。
でもその中で一生に出会う人、
しかも自分の人生という本の中に登場する人物となると、
100~1000人いるかどうかというところでしょうか。
0.00002%、つまり千万分の二の人としか出会えないというわけです。
自分の目の前にいる人は、その確率で出会えた人なわけです。
とても貴重だし、奇跡に近い。
人には運命宿命というのがあって、
宿命、つまり「生まれ」とか「親」とかというのは変えられない。
その中で出会える人というのはある程度決まってくるから、
確かに上で述べたような確率論は、全く意味のない数値かもしれない。
運命、自分で切り開くものです。
それでも、それにはある程度の限界はあります。
それで切り開いた結果、出会えた人が今自分の目の前にいる人なんです。
出会いには、限りがあります。
それは自分に限りがあるから。
そして、他人にも限りがあるから。
同じ時、同じ場所に居合わせた、
目の前の人を、奇跡の人として見られるか。
それだけでも、大事にしたいという気持ちは強くなりますね。
僕の人生のページを埋めてくれるような人。
僕はそんな人に出会えるのでしょうか。
既に出会っているのでしょうか。
まだ見ぬところで、その瞬間を待っているのでしょうか。
どちらにしても、自分が自分をしっかり持つことで、
きっとそれはおのずと見えてくるのでしょう。
今を受け入れて、生きていくことにしましょう。
P.S. 出会いに感謝して・・・
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【限りある光の中で】 |
僕はもう、君の半分の時間を過ごした。
あと、半分。
僕はこれから、何が出来るだろう。
君が成したこと、僕には出来るだろうか。
あと、半分。
僕はあと、どれだけ過ごせるだろう。
時に人はつまずき、転んで、
それでも起き上がり、
疼く足を引き摺りながら歩く。
いつこの太陽が沈むともわからぬ中で、
それでも僕らは歩き続ける。
そう、この道を照らす光には限りがある。
眠りにつく時は人それぞれだけど、
ただ、その光がある限りは僕らは歩くことが出来る。
歩かなければならない。
いつしか訪れる夜、
君の眠るベッドに抱かれる夜が来るまで、
僕は、歩き続けなければならない。
だから、僕は少しでも長く歩いていくんだ。
君に聞かせたい景色が沢山あるから。
この限りのある光の中に。
P.S. 『命のバトン』。僕もいつしか渡す時が来るのかもしれませんね。まだ会うことのないキミに渡すバトンを。
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